自由研究

「自由が何か知らなきゃ手に入らないので自由研究してます。」              自由研究という目的のために話題を取り上げているため記事単体で読んでもよくわからない時がある 記事によって後日追記したり添削しているときがある

自由研究 ~マズローの五段階欲求~

今回の内容は、フロムの愛と孤独の関係をマズローの五段階欲求と関連付けて考える。心理学は趣味程度にしか勉強していないのによくこの二つを関連付けられたと自分でも驚いている。

関連があるというのが重要で内容が正確か正確でないかは別に重要ではない。

 

マズローの五段階欲求(正確には自己実現理論

 まず、マズローの五段階欲求を簡単に説明する。(これはちょっと面白い)

必要最低限しか説明しないので足りない人はWikipediaをどうぞ↓

[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E5%B7%B1%E5%AE%9F%E7%8F%BE%E7%90%86%E8%AB%96]

マズローの五段階欲求というのは、以下の五つと+自己超越がある。3.4.5はよく知らないので「フロムの自発的活動をひも解く」で述べたので解釈を補う。

1.生理的欲求 寝る、食べる、排泄などを満足にできるようになること

2.安全欲求 身の安全を確保すること

3.社会的欲求と愛の欲求 孤独を克服する

4.承認(尊重)欲求 他者からの承認尊重もあると思うが自分の承認尊重も重要である

5.自己実現欲求 多分、自分であることをしている人々

+自己超越 他者を愛するということをしている人々

次の欲求に移るためにはその前の欲求を満たしていしないと進めない。例えば、寝る、食べる、排泄などの生理的欲求を満たしていないと身の安全などの安全欲求は考えられないと言った感じだ。

文字からの解釈で意味は私の都合のよく変えているので気をつけて欲しい。

 

フロムの自発的活動と関連付ける

1.2.は大前提なので省略する。

3.社会的欲求と愛の欲求

前回の記事である「自由研究 ~フロムの自発的活動をひも解く~」では、孤独を克服しないと自己実現、つまり「自分であること」ができないと述べたと思う。そのためにはまず孤独を克服する必要があり、それが5.自己実現、6.自己超越の前に3.社会的欲求と愛の欲求があるということなのだと思う。孤独を克服しないと自分を見ることもままならないのだ。

4.承認(尊重)の欲求

他者から承認されるのも重要であるが、それは恐らく社会的欲求と愛の欲求の段階で既に満足しているはずである。ここでは、自己実現の準備段階として自分の承認・尊重が重要なのではと思う。なぜなら、どんなに自分に社会的地位や愛が他者から与えらていたとしても自分の自我を自分で承認し尊重していなければ、人は自我を表現(実現)することをしないと思う。だから、承認尊重の欲求4段階で自分で自分を承認尊重することが重要なのだ。

5.自己実現欲求

1~4のことが全て満たして自己実現欲求が表れるのは3と4で述べた通り必然なのである。なぜなら、孤独を克服していなければ自分を承認尊重できず、自分を承認尊重して初めて自我を表現(実現)できるのである。自我の表現(実現)を言い換えるなら、「自分である」ことなのである。(多分多くの読者に伝わっていないと思う)

 

脱線して「フロムの自発的活動をひも解く」

われわれは自我の実現はたんに思考の行為によってばかりでなく、人間のパースナリティの全体の実現、かれの感情的知的な諸能力の積極的な表現によってなしとげられると信ずる。これらの能力はだれにでもそなわっている。それらは表現されてはじめて現実となる。いいかえれば、積極的な自由は全的統一的なパースナリティの自発的な行為のうちに存する。

引用:エーリッヒ・フロム『自由からの逃走』p.284

ここから考えるに、フロムがいいかえているのだから積極的な自由は自我の実現といえると思う。だから、積極的自由は「自分自身であろうとする状態」なのではないだろうか。

 

自己超越に戻る

自己超越とはつまり自分を意識するのではなく、自分以外に意識するのだと思う。これは愛するということに重なる。自己実現欲求までを達成した者が孤独を克服し安定しそして満足し、自分を表現する形として愛するということ(配慮・責任・尊敬・知)をするのだと思う。

 

結び

多分、非常に分かりにくいと思うが少しはマズローの五段階欲求とフロムとの関連があることがわかってもらえたと思う。家族に言ってもあまり上手く説明できなかったのでわからなくてもしょうがない。前回の「自由研究 ~フロムの自発的活動~」の理解にすこしでも手助けになり、関連を楽しんでもらえれば本望である。

 

終わりに

講義でエンデの『モモ』が取り扱われるので、「Don't worry about tomorrow.(今この瞬間を生きる)」ということについて再度取り上げられればと思っている。それから、同じ作者であるエンデの『自由の牢獄』を選択のパラドックスを踏まえて考察したいと思う。あとは、フロムの『生きるということ』全部読んでいないのに「あること」という言葉をつかったのはよくなかったと思うが、それ以外よい表現がなかったのだ。全部読んで上手く解釈ができれば、「持つこと(To have)」と「あること(To be)」についての記事もできればと思う。

 

 

付録 「ちょっとした言葉遊び」

「きょうせいするためにきょうせいし、きょうせいするためにきょうせいする」

当てはまる3つの熟語はなんでしょう?

真ん中の二つの”きょうせい”は同じ漢字です。

現代の特に日本社会を風刺しています。

 

 

 

思考源

マズローの五段階欲求

エーリッヒ・フロム 『自由からの逃走』『生きるということ』

自由研究の過去の記事 「自由研究 ~フロムの自発的活動をひも解く」